2000年06月25日
ベトナムは多民族国家です。現在の区分上では、隣国の住民である(はずの?)カンボジア人もたくさん住んでいます。その数、およそ90万人といわれています。
ところで、メコンデルタなどに住んでいるカンボジア人のおおくは、ベトナム人が来るだいぶ以前に住みついていたのです。
この本は、大橋 久利さんとトロン=メアリーさんの対談というカタチをとった本です。対話の一方の話者であるトロン=メアリーさんは、本書で取りあげられている主題、「ベトナムのなかのカンボジア人」でした。1994年から1999年まで駐日カンボジア大使をつとめたとのことです。大橋氏は、毎日新聞社に勤務し、プノンペンとサイゴンに特派員として行き、退職後は研究者として活動されている人のようです。
内容は、おおまかにいいますと、以下の4つに分けられるのではないかとおもいます。
内容の1番め。ベトナムのなかのカンボジア民族の文化や政治・経済への関わりを述べています。
分量がもっともおおく、さまざまなことがらがあつかわれているのは、文化です。食文化・衣文化・住居・結婚・葬式・しぐさ・信仰など。カンボジアに住むカンボジア人、ベトナム人(キン族)と生活習慣を比較することで、相違をきわだたせています。比較されているベトナム人の文化が類型化されすぎるきらいはありますが。具体的に記述されていて、興味ぶかいことがらが記されています。
また、政治面ではカンボジアに多数の政治家をおくりだしていること、経済面では商業にはあまり向かないのではないかという指摘がされています。
2番めは、トロン=メアリーさんの自分史です。みじかいながらも、じつにおもしろい(「おもしろい」と言っては失礼かもしれませんが……)。戦争を身近に感じつつ、メコンデルタ(彼はコーチシナという)で生まれ教育を受けたことなどを述べています。プノンペンの大学にまなび、オーストラリアにわたり、そののちも転々とします。
3番めは、カンボジア民族であるトリンさんの家庭に、大橋氏が住み込んだときのことなどです。ベトナム政府や地元省庁から協力や許可をもらうまでのいきさつなども記されます。
内容の4番めは、カンボジアの歴史からはじまり、ベトナムの南進政策(チャンパ民族についての記述も)をかたり、フランス植民地史についてかんたんにふれます。
多数の写真・図・表を収録していて、しかも、比較的にわかりやすく記述されています(予備知識の説明が足りなくてわかりにくいところは散見されますが、記述そのものに由来していません)。対談というカタチをとることによって、学術書にありがちな(無用に)難解な記述がさけられているからでしょう。
文中に見られる(元駐日)大使は、メコンデルタという呼び方をつかわず、コーチシナという言い方にあくまでこだわります。というのは、カンボジア民族がもともと住んでいたのはサイゴン(カンボジア名でいうと、プレイノコール)などをふくむメコンデルタよりはややひろい地域で、コーチシナと呼ばれる地域にほぼ一致するものであるからなのだそうです(しかし、現在の民族分布では、メコンデルタといってもいい?)。それ以外のことについては、おどろくほど柔軟な姿勢を見せているようにおもいました。たとえば、「ベトナム由来のものであろうがそれほどおおきくこだわることはない、衣服は着やすい方を着ればいいではないか」というようなことを言っています。
ちなみに、副題にある「クメール・クロム」というのは、「低地カンボジア人」というような意味で、メコンデルタよりややひろい地域に居住していたカンボジア人をさす用語だそうです。ちがう名称もいくつか例をあげて説明されています。
この本には、いくつか問題点があります。
まず、つぎのようなことが気になりました。
この本がお二人の共著として書かれるまでの経緯は、くわしく書かれています。しかし、対談をしているときやところ・情景はえがかれていません。研究書としてはまずいのではないか、とおもいます。研究者以外のややひろい層にもつたえたかったとしても、問題があるのではないか、と感じます。ページ数のつごうもあったでしょうけれど、経緯のことをめんめんと書くなら、対談の場のことをかんたんにふれれてくれればいいのに、とおもいました。
第2に、歴史について述べた第2章以外の章で、てんでばらばらに文化に関する事項があつかわれていることです。たいした脈絡なく項目がうめこまれているようにおもえるところがいくつかあります。文化のところは、文化のところで(もうすこし)まとめてあつかうようにすればいい。書き手・話し手にとってゆずれない事情があったのかもしれませんが、読み手にとってはわかりにくいことおびただしいです。
構成に工夫がほしかったところです。さまざまなことがらをとりあつかわなければいけない苦労はわかりますが、整理なくゴタゴタと書いているように見えてしまうのです。
第3に、値段が高い。なにしろ7600円もするのです!買う人はどのくらいいるのでしょうか?出版社と著者の方々にはもうしわけないですが、きっと採算割れすることでしょう!!
類書がないだけではなく、今後も類書はほとんど期待できないのではないかという気がしてなりません。この本を出版したことは、かなり無謀な行為であり、かつ、かなり勇気ある行動だともいえるかもしれません。(トロン=メアリーさんはさしおいて、)古今書院で出版を決心した人たちの方が、著者の一人である大橋氏より、はるかにえらい(?)のではないか、とおもってしまいました。