文:池野佐知子/イラスト:池田須香子『女ふたりで丸かじり 生ベトナム』扶桑社 2000年

2001年07月22日


 200ページ弱の本です。買い物と食事・観光の情報がメインで、よみもの的な側面もすこしあります。文章とイラストを中心に、写真もところどころくわえられています。外見をみるに、なかなかいい感じのレイアウトです。女性誌の特集がきっかけでベトナムに興味をもちはじめた人には、よみやすいでしょう。

 「STYLE」と「SHOPPING」・「FOOD」・「RELAX」と4つの章に分かれています。各章ごとに、2ページから8ページくらいの小みだしがついた読み切りものが、いくつかずつおさめられています。

 小みだしはすごいです(「○○の△△、●●の▲▲」というパターンがめだちます。以下に、それ以外にめだったものを挙げています)。
 まず、「すべての魂は寺に通ず」や「美味端麗味わい尽くしのコムビンザン」などのおおげさな表現が目につきます。「すべての魂は……」はフエのティエンムー寺見物記(とハスのイラスト)、「美味端麗……」はおよそ三分の二が「46Aバインセオ」というお店について書かれているものです。
 つぎに、「誰もがショッピングクイーンになれる天国」や「そして私たちは食獣になった」の欲望まるだし系のものがあります。題名からして『女ふたりで丸かじり……』ですから、これらはお約束といえましょう。
 「アオ・チャンしばりの無邪気なデザート」と題する一文は、冒頭ちかくですでに『ベトナムでは女のコたちだけではなく、男の人も甘い物が大好きなようです。なにしろ、……』(p112)と述べていることからわかるように、「アオチャンしばり」は何のためかと言いたくなるような内容です。
 甘いものを取りあげた文に、「フルーツ山盛り、てんこ盛り!」というものもありますが、このみだしはダジャレ(のつもり)なのでしょうか……。
 「空気ごとアンティークを感じる午後」のような不可解な代物もありました。

 見出しと内容はどのくらい関連性があるのか、チェックしてみるとおもしろいとおもいます。

 文章を見てみましょう。

 ひとことでいえば、ノリのよさで(かなりの程度)よませる文章です。旅行前の一夜づけには向いているといえるかもしれません。しかし、きちんと見てみると書きとばし特有のあらがわかります。

 2、3年のうちに古くさくなりそうだったり、表現が妙に浮いていたり、いやに気取っていたりします。
 たとえば、メコン川クルーズで『深呼吸をしたら、胸いっぱいにジャングルの空気が入り込んで、この時間がどこまでもどこまでも続けばきっといい人になれる、正真正銘の、と思いました。……』(p170)のところは、まわりくどいうえにおもわせぶりで、それでいながら、何がいいたいのかがつたわってきません(でした)。

 また、ベトナムの人は家族を大事にするという文のあとに、『中でも女性はその意識が強くて、男たちはいつも「僕は」という話し方をするのに、女たちは「私たち」と複数で表現します。』(p129-130)とある箇所などは、ミゴトなまでの言い切り口調です。おもわず「ほんとうですか?」と言い返したくなります。

 『治安は知る限りでは悪くありませんでした。』(p63)という文のすぐ後に『でも走行中のバイクからひったくりをされたり、斜め掛けにしているバックを後ろから引っ張られて、体ごと地面に叩きつけられたなんて物騒な話もありました。』(p63)と書いてあるところは、わかりにくいのでは?
 引ったくりくらいでは治安が悪いとは言わないと述べたいのでしょうか、それとも、あえて矛盾するようなことを書いてみたかったのでしょうか。
 おそらく「私たちはトラブルにまきこまれなかったけれど、こういう話もあるから注意した方がいい」というような内容を述べたかったのだと推測します。もしそうならそうだと、うっかり読みちがいそうな人や寝不足な人が誤解しないように明確に記すべきでしょう。

 池野さんの文章のいい面は、上記のようなさまざまな欠点をもちながらも、描写がうまいことだとおもいます。観察からえたことのなかに体験したことをうまくおりこんであると感じます。とともに、「私たちは○○でした」と明記することで、読み手にこの本のもつ限界をはっきりと知らせているようにおもえ、好感をもちました。
(べつの意味で、困ったところは多々あります。すでに上に述べたとおり。)

 池田さんのイラストは着眼点もいい、資料としても参考になります。とくに「アオザイを作ろう」(p26)では、アオザイをつくるときにどこにメジャーをあてるかがえがかれていて、おもしろくみました。イラストに添えられた文章は簡潔で感じがいいです。

 女性誌のベトナム特集をよく調べたらしいことがうかがえます。中級から高級といわれるホテルに宿泊する(つもりの)人たちを読者に想定しているのでしょう。著者たちのようにかなり自由に旅程をくんで旅行する人たちよりも、どちらかというと、4日間か5日間のパック旅行で行って1日くらいサイゴン(ホーチミン市)で自由時間がとれる人たちに向けて書いているような気がします。ホテルはぜいたくに、食事はごうせいに、買い物はどんよくに、という感じでしょうか。買いまくり、食べまくりに観光がちょっとだけつけくわわったという旅行です(男遊びも入ったら完全な「女性のためのベトナム快楽ガイドブック」だったのに!)。

 興味ぶかいのは、バックパッカーから反感を買わないようにかんがえてか、『バックパッカー的旅行をする人にはちょいと物足りないかも』(p7)とフォローしているしている点です(じつはシャットアウト?)。じつに巧妙です。

 1998年くらいからはじまった(2001年になってもまだ続いている)ベトナムブーム(?)の何だか浮ついた感じをふくめて、「旅行は消費だ」という傾向に多少なりともあきらめや疑問・反感を(ひそかに)いだいている人は少なくないでしょう。そういう方たちにとってみれば、ときには、おもしろくもなんともない、むしろ軽蔑すべきものにうつるかもしれません。たしかに、たしょう意地わるくいうと、「旅行=消費」という等式を信じきっていて、信じていることすらもはや忘れてしまったような人たちに大受けしそうな内容です。

 ただ、ベトナムブーム(?)という現象があった(ある)のはたしかなことのようにおもえますし、ブームの一側面をてらしだしてくれるという意味で有用な本ではあります。とおからぬ将来、このような本が価値ある資料に転じるのではないか(とくにイラストは)、ということを予言しておきます。

 そんな大げさなことをいわないでも、5年後や10年後にこの本を(ふたたび)手に取る機会があるなら、「こういうふうにベトナムをみることが、こういうふうに旅行するのが、はやっていたんだなあ」とおもわされるような気がしています。


moto@ua.airnet.ne.jp


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