2000年05月20日
沢木氏の著作を手がかりに、『深夜特急』はどのように書かれたのかを述べてみます。
今回(このページで)は、『象が空を』におさめられている「記憶と資料 少年少女のためのノンフィクション論」という文章を参考にします。
前段では、ノンフィクションとはどういうものかということをかんたんに解説しています。
後段では、体験したことを描いたノンフィクションである『深夜特急』をどのように書いたのかを説明しています。
以下に、内容を箇条書きでまとめてみました。
要約
「記憶と資料 少年少女のためのノンフィクション論」
ノンフィクションとは何か?
- ノンフィクションというジャンルがある。
- ノンフィクションとは虚構を用いて描くことがない文章をさす。ここでは事実を伝えることを第一義とするものと限定する。
- 限定したみたところで、さまざまなスタイルの文章がある。
自伝・伝記・旅行記・冒険記・闘病記・フィールドワーク・観察記録・ルポルタージュなどなど。
- ノンフィクションは、描こうとする対象によっておおきく2つにわけられる。自分が体験したことを書くのと調査したことを記すものと。自分が体験したことを書くのに必要なのは、自分の内部にある記憶というものの存在である。一方、調査したことを記すのに必要なのは、資料を集めること、および、資料を集めるためにおこなう取材という行為である。
- 体験したことと調査したことが分かちがたくからみあっていることもおおい。
『深夜特急』という旅行記をどのように書いたのか?
- 2年ほどまえに『深夜特急』という題の旅行記を出した。
- 10年もまえの旅をどうして詳しく書けたのか?述べてみよう。
- 金銭出納帳がわりのノートと手紙の存在がおおきかった。
- 旅行中は、行った先々のことはほとんど知らないにひとしかった。かえってきてから(『深夜特急』を書くにあたっても)、先達の旅行記などを読むことで知識を得ることができた。
- 手紙とノート・参考文献を資料に、記憶を読みなおした。
- だれかが旅をしたあとで旅行記を書くさいに『深夜特急』が参考になることがあるかもしれない。もしそうなら、ノンフィクションがノンフィクションを生むことになる。
- 事実というほんらい無機的なものが時代を超えて生きのびていくことは、幸せなことなのかもしれない。
読みどころ
後段の、金銭出納帳がわりのノートと手紙の存在がおおきかったというところを見てみます。
沢木氏は、この旅行をしているときは手紙をたくさん書いた、といいます。一生かかって書くべき量の手紙を一年で書き尽くしたのではないか、というほど頻繁に書いたそうです。精神のバランスを取るためだったのだろうとおもう、と記しています。
手紙には、
- 『わずかな金の損得に振りまわされ笑ったり怒ったりしている貧乏旅行者の滑稽な姿』
- 『異国を目的もなくほっつき歩いている若者の熱狂と退廃の果ての危うい姿』
が、おどろくほどの鮮明さで定着されていたと述べています。
(うえで引用している『貧乏旅行者』ということば、正確さを期すのであれば、まずいかもしれません。「貧乏旅行者」ではなく「節約(旅行をしている)旅行者」でしょう。ほんとうに貧乏でしたら、生活のため必要でもない旅行ができるはずはないからです。
しかし、副題が「少年少女のためのノンフィクション論」であることと、当時の時代のものの言い方を反映していることを考慮しますと、このくらいはよしとしないといけないとおもいます。)
ところで、手紙では行程や費用などの細かいことが省略されがちです。旅行記を書くさい、そうした細々としたことがかえって重要なものになってくることがあります。手紙に書かれていなかった細部をおぎなってくれたのが、金銭出納帳代わりにつけていた何冊かのノートだった。沢木氏はそう述べています。
ノートには、行程や使った金額(何に使ったか、も書いてある)、心覚えのような語句や固有名詞が書かれているとのことです。
そして、混雑した夜行列車で過ごした一夜がようやくあけ汽船に乗ってガンジス河をわたるときの情景を、ノート(8月9日のページ)や手紙とともに、『深夜特急』から引用して、読みくらべることができるようにしています。
このページで言及している資料
「記憶と資料 少年少女のためのノンフィクション論」は、
沢木 耕太郎『象が空を』文藝春秋社 1993年,p300-304
におさめられている文章です。文末に(88・6)とあることから、1988年6月の時点のもののようです。
また、文庫本版では、やはり「記憶と資料 少年少女のためのノンフィクション論」という題で、
沢木 耕太郎『勉強はそれからだ 象が空を3』文藝春秋社(文春文庫) 2000年,p104-112
におさめられています。
弁明と注意
沢木 耕太郎さんのページ/『深夜特急』を考えるでしている弁明や注意をくりかえします。
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私は沢木 耕太郎さんの書いた本が好きです。しかし、このページをファンの方だけに向けたページにするつもりはありません。
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『深夜特急』を読みたいと考えていながらまだ読んでいない方と今まさに読んでいる方へ。
これらのページは内容に関して多くの言及があるため、見てしまうと感興をそいでしまうような気がしています(『深夜特急』を読んでいない方や今読んでいる方への配慮が十分にできませんでした。すみません。)。
読書の楽しみをうばってしまうのは、本意ではありません。このページをブックマークに入れておいて、読み終えてからまた見にきてください。
第1回は『深夜特急』論――開始にあたってでした。まだ読まれていない方は、どうぞ。
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